司法書士受験生シリーズ(電験三種受験生が傍観する)
電験関連のブログやツイッターは、真面目に淡々と頑張って勉強してます的なものが多く、ドラマ性に富んだものは、ごくわずか。
はっきり言って、読み物として面白くない。
特にツイッターで、「しごおわ。勉強します」とか「おはようございます。今日も朝活します」など、小学生の作文以下のような短文を飽きもせず毎日延々呟いているものがあるが、一体、なにが楽しいのだろうか。
果てオヤジの場合は、日常生活、リアルな生活では吐けないちょっとした毒を、このブログでしたためさせていただいているので、ストレス解消の一助となっている。
電験関連に比べ、司法書士受験生のそれは、ドラマ性に富んでいる。
概して司法試験や予備試験、あるいは会計士試験までとはいかないが、それに次ぐ難関試験(と一般的にはみなされている)に合格し、人生大逆転を狙っている人々が多い。
学生さんは、若さと夢と希望があるせいか、司法試験や公認会計士に挑んでおり、学生の段階で司法書士試験目指してます、というような若年寄は少数派の印象。
学生時代はあまり勉強せず、社会に入り、営業やその他のブラック仕事に疲れはて、司法書士になって抜け出したいと思う人々、あるいはそこそこ時間の取れる主婦たちが、司法書士受験生のマス層のような印象を受ける(実際には違うかもしれないが)。
また50代で、第二の人生を司法書士で、という人々もそこそこいそう。
たしかに、50代は、役職定年その他で、年収は減るも時間は生まれるので、「司法書士でも挑戦してみようか」という層はいるのだろう。
そこには、実人生ではあまり報われなかった社畜生活にリベンジしたい、という気持ちがあるかもしれない。
タクシー運転手をやりながら、司法書士予備校に通っている人もいる。
あるいは、会社を辞めて専業受験生として1日10時間以上も、面白くもない手続き法の条文を、細かいところまで頭に叩きこんでいる人もいる。
ご苦労なことである。
そして、こういう人々のリアルな営みを、眺めているのは、実に楽しい。
ある合格者は「必死で何もかも犠牲にして勉強したにも関わらず、落ちたときには悔しさのあまり、ベンチに座って泣いてしまった。他の合格者におめでとうなどと言う気持ちなど1ミリもなかった。自分が落ちたのに、他人におめでとうと言える人は、中途半端にしか勉強していない人だろう」と、本音を書いていた。
人間心理を抉っているなあ。
司法書士試験は相対的試験。
1点差どころか、0.5点差の当落線上に20~30人もいるのだ。
誰かが受かれば、自分が落ちる超絶競争試験。
別の受験生は、新浪さんの「45歳定年」説のニュースに「やめてくれ!これで資格試験に走る人間が増えたらどうしてくれるんだ!せっかく司法書士受験生が減っているのに、また増えたら大変になるだけ」と、名言を投稿していた。